この世界

十二の動詞が、この世界を動かしている。

毎月、そのうちのひとつが世界を離れます。残された月のあいだ、その動詞のはたらきは誰にも管理されません。

欠け月のしくみ

神は、動詞を司る

この世界の神は、ものではなく、はたらきを司ります。「終える」「隔てる」「呼ぶ」──世界を動かす十二の動詞に、それぞれ一柱ずつ。

毎月、そのうちの一柱が世界を離れます。庶民の言い方では「声のお務めに行く」。その月のあいだ、その動詞のはたらきは誰にも管理されません。

順番は毎年同じです。誰も驚きません。ただ、備えます。

欠けとは、消えることではない

欠けた動詞は消えるのではなく、渋ります。世界の言い方で「店主が留守の店」。品物は棚にあるのに、誰も勘定をしてくれない状態です。

一、朔は渋り、晦日は止まり。月のはじめは渋りながらまだ通り、晦日に近づくほど止まります。

二、過程は続き、開始が止まる。燃えている火は燃え続けますが、新しい火は点きません。

三、力押しは通るが、割に合わない。桁違いの手間をかければ月の前半なら無理に通せることもありますが、成否は誰にも保証できません。

月が明けると、保留が清算される

動詞が戻ると、堰き止められていた過程が一斉に清算されます。一月明けの「初死の朝」がその最たるものです。ひと月ぶんの死が、ひとつの夜明けに訪れます。国じゅうが静かに喪に服す、この世界で最も大きな朝です。

七月の朔には「初眠の夜」が来ます。世界中が丸一日眠る、法で定められた休みの日です。

ただし、その月に起きるはずだった新しいことは戻りません。五月に残らなかった記憶も、三月に言えなかった告白も、なかったことになります。降らなかった雪が翌月まとめて降ることはありません。

暮らしと仕事

白暦院

冒険者の仕事を取りまとめる組織。その実体は、欠け月の危険をまとめて引き受ける保証機関です。身元保証、契約の仲介、報酬の預託、鑑定、保険、もめごとの処理までを扱います。

冒険者の位は、強さではなく「どの欠け月に働いてよいか」の免許です。これが月鑑札。治癒の効かない九月の鑑札が最上位で、生存率と、退きどきの判断と、報告の正確さで査定されます。強いだけの者は、九月鑑札を取れません。

依頼の報酬と保険料は、その月の危険の大きさに合わせて決まります。貧しい村の討伐依頼では、白暦院の公共基金、領主が出す費用、討伐後に得る素材の売却代を組み合わせます。

零れ獣と概晶

魔物は、留守のあいだに管理されず零れた動詞が、凝って獣になったものです。一月には「終わり損ね」が、六月には「眠れない夢」が獣の形をとります。

体内に概晶(がいしょう)を結びます。動詞をわずかに貯めた結晶で、欠け月をしのぐ道具の材料になります。「終える」の概晶を仕込んだ屠畜刃、「眠る」の概晶を溶かした眠り薬、「実る」の概晶を練った治癒膏。

だから魔物は獲り尽くしてはいけません。獣を絶やせば、翌年その動詞の概晶が採れなくなります。冒険者の本業は討伐ではなく管理です。狩猟枠があり、禁猟区があり、密猟と素材偽装があります。

概晶は漏ります。封じた動詞は貯蔵中に目減りし、半年ほどで使いものになりません。買い占めて欠け月を無効にすることは、誰にもできません。

傷暦

過去の欠け月が治り損ねて、土地に固着した場所。そこでは特定の動詞が永久に欠けたままです。「還る」が欠けた傷暦では、入った者は入口から出られません。別の出口を探すしかありません。

傷暦は概晶の鉱山でもあります。中では季節に関係なく零れ獣が湧くため、その動詞の概晶を一年じゅう採れる唯一の場所です。採掘権も入場権も国が握り、運営は白暦院に委ねられています。

ちからの借り方

借詞

魔法とは、神の台帳から動詞を借りる契約です。火の魔法は「燃える」の借用。人口の一割弱が、何かしらの借詞を使います。

借りには利息が付きます。疲れ、寿命、供物。高い借詞ほど担保が要ります。

そして、その神の欠け月には、その系統の魔法がまるごと止まります。治癒師は九月に休業し、火術士は八月に故郷へ帰ります。この世界の魔法使いは、季節労働者です。

概晶の道具は「借りずに済む缶詰の動詞」で、庶民の魔法の代わりに出回ります。ただし、その動詞の欠け月には概晶の効きも渋ります。缶詰も、台帳の外へは出られません。

留守神と留守言

十二柱のほかに、もう一柱います。「言う」の神。世界を読み上げている当人で、いつも留守にしています。姿を見た者はなく、神殿もありません。ただし、どの神殿の奥にも、主のいない十三番目の空座が置かれています。

その名義を借りる例外の魔法が、留守言(るすごと)です。口にした文が、そのまま世界に反映されます。

そのかわり、自分の概念をひとつ質に入れなければなりません。名前、眠り、影、未来形。返し終えるまで戻ってきません。文は前もって編んでおく必要があり、同じ文は二度と使えません。

暦と土地

一年は十二か月、ひと月は三十日。そのあいだに「渡りの夜」があります。晦日の深夜から朔の暁までの、どの月にも属さない数刻。神の交代は、このあいだに起きます。

「十三月」という言い方があります。「言うことを聞かないと十三月が来るよ」。古い脅し文句で、暦にそんな月はありません。

土地によって、軸が違う

どの動詞を暮らしの軸に置くかで、文化圏が分かれます。北方は「眠る」を主神として冬眠の文化を持ち、港湾の都市は「流れる」を、商いの国は「積もる」を主神とします。

同じ欠け月でも、祭りと禁忌は土地ごとに違います。ある土地の当たり前が、隣の土地では無礼にあたります。巡礼も、行き来も、諍いも、そこから生まれます。

管轄録

ひとつの現象を、どの動詞が支えているのか。白暦院の神学部が実地に確かめて、記録に積み上げていきます。神学のためではなく、保険の支払区分と、概晶の分類と、その月に操業してよいかどうかを決めるためです。

たとえば血のめぐりは「流れる」の仕事に見えます。ところが七月になっても人は倒れません。「引く」と「燃える」が肩代わりしているからです。ひとつのはたらきを複数の動詞が支えていることは珍しくなく、どれが欠けたとき何が止まるのかは、実際に確かめてみるほかありません。

確かめ終わったものから順に載ります。発酵は「燃える」。雨が降るのも、井戸の汲み上げも「引く」。錆は「終える」ではなく「積もる」。だから七月でも、井戸の水は汲めます。

欠けの深さは、年によって変わる

この世界のことば

白暦院はくれきいん

冒険者の仕事を取りまとめ、欠け月に備える保険も扱う組織。

月鑑札つきかんさつ

どの欠け月に働いてよいかを示す免許。九月の鑑札が最上位。

欠け保険かけほけん

その月の欠けを織り込んで値付けされる保険。掛け金は欠け予報で上下する。

零れ獣こぼれもの

留守のあいだに零れた動詞が、凝って獣になったもの。

概晶がいしょう

動詞の力をためた結晶。欠け月の暮らしを支える道具の材料になる。半年ほどで漏る。

傷暦きずごよみ

過去の欠け月が土地に固着した場所。特定の動詞が永久に欠けている。

借詞かりことば

神の台帳から動詞を借りる魔法。その神の欠け月には使えない。

留守言るすごと

留守神の名義を借りる例外の魔法。自分の概念をひとつ質に入れる。

欠け予報かけよほう

その年の欠けがどれくらい深いかの見立て。欠け予報士が出す。

渋りしぶり

欠けた動詞が完全には止まらず、通りにくくなっている状態。

初死の朝はつしのあさ

一月明けの夜明け。ひと月ぶん保留された死が、一斉に訪れる。

渡りの夜わたりのよる

晦日の深夜から朔の暁までの、どの月にも属さない数刻。神の交代が起きる。

管轄録かんかつろく

どの現象がどの動詞の管轄かを、確かめた順に積み上げた記録。白暦院の神学部が編む。